1st Contact!

オイラがフィリピンパブに行くようになるのはこの何年もあと。最初のフィリピン人との出会いはこんなんでした。
なまちゃんが20歳でまだ学生の頃、居候していた知人のマンション。隣はどうやらタレントハウスだったらしく2LDKのマンションに約10名のフィリピン人の女の子達が住んでいた。夕方近くに廊下やベランダを通して部屋から聞こえる奇声、訳のわかんない言葉を発して"騒がしい奴らだな"くらいに思っていた。
と言っても季節は夏。彼女たちの喧噪も 日差しの強い季節には似合っているような気がしないでもない。まあ、オイラの生活と接点がある訳でもなく、別段彼女たちのことを気にすることもなかった。

ある昼さがり、オイラが遅めの昼食を取りにマンションに戻ると、エレベータホール横の階段踊り場で人の気配がする。よく聞くくと、小さくすすり泣く声も聞こえる。
見ると目に入ったのは、踊り場の手すりに両肘をかけぼんやりと遙か彼方の方角を見つめて泣いている少し浅黒い肌をした、瞳の大きなロングヘアーの女の子だ。その横顔には化粧っけは無く、ちょっと痛んだ黒髪を無造作に束ねたうなじには、うっすらと汗がにじんで輝いていた。
ここはマンションの14階だ。夏とはいえ地面からの照り返しによる暑さもなくそよ風が心地よい。風上の彼女の方から流れてきた風は、甘酸っぱい香りがした気がする。オイラは初めて見るその子に何故か見とれてしまった。

彼女はオイラに気が付くと慌ててシャツの袖で涙を拭い、こちらに微笑みかけてきた。
泣きやんだ彼女は「エヘヘ」と笑いながら「コニチワ」たどたどしい日本語で話しかけてきた。
どうやらオイラが隣の住人だと言うことは知っていたようだ。
彼女の笑顔は、くるくる動く瞳。つんととがった口元。それにたどたどしい日本語がトッピングされオイラにとってはひどく魅力的に映った。
泣いていた訳などはさすがに聞けるはずもなく、でも少しの間二人で会話を交わした。
名前は"リゼル" 年は19だからオイラと殆ど同世代だ。学生で遊びほうけているオイラと違い、リゼルは家族のために働きに来ていると話してくれた。仕事は辛いけど、優しい日本人も沢山いる。やっぱり来て良かった。なんてことを聞かされた。

10分くらい話しただろうか。束ねた髪をほどくとリゼルは踵を返し、「仕事行くからマタネ」と言い残して隣のドアへと消えていった。彼女の後ろ姿からはやっぱり甘酸っぱい香りがした。

次の日もオイラが出かけるとき、リゼルを踊り場で見かけた。
やはり泣いていたようだ。その日は後ろ髪引かれるような気がしたが挨拶だけを交わした。

何日かに一度はリゼルを同じ場所で見かけた。いつも泣いていた訳ではない。ぼんやりと遠くを見つめているときもある。だけど決まってオイラに気が付くと微笑みかけてきて、たわいもない会話を交わす。時にはタッパーに入れたフィリピン料理を持ってきて食べさせてくれたこともある。

次第にエレベータから下りると左側の踊り場の方をチラッと見る癖が付いたのは、リゼルがいるんじゃないか?って少しの期待があったからかもしれない。
彼女と会話を交わす機会は幾度もあった。ここから南の方を見るのが好きだと言っていた。当時のオイラは英語が得意ではなかったし(まあ今でもたいしたことはないけど)、もちろんタガログなんて一切分からない。お互いがたどたどしい言葉同士でのキャッチボールだった。でも、彼女の笑っている顔を見ると心が弾んだ。オイラにとっては恋に近い感情だったと思う。

ある日、友人と遊び歩き 朝方マンションに戻ったオイラ。エレベータから出て目に入ったのは いつものようなすすり泣きではなく、声を出して泣いているリゼルの姿だった。オイラを見つけて振り返ったけども、その日は涙を拭って微笑みかけては来ない。両手で手紙らしき物を握りしめてひたすら泣いていた。明らかに普段とは違う彼女の様子にとまどい声をかけづらかった。
でも、どうしても話しを聞きたくなり、黙ったまま隣に並んでいつも彼女がそうするように手すりに両肘をかけた。
リゼルの顔をオイラがのぞき込んだとたん、涙を拭うこともせずいきなり抱きついてくるとオイラの胸に顔を埋め声を出して泣き続けた。オイラの胸が彼女の大きな瞳から溢れた熱い涙でTシャツを通して濡れているのが分かった。抱きしめると折れそうなくらい華奢な身体が小刻みに震えていた。

どのくらいの間そうしていただろうか。かなり長い時間泣き続けたあと、リゼルはフィリピンにいるお姉さんが事故で亡くなったという連絡が店に入ったこと、握りしめた手紙は遠く日本にいる妹を気遣う最後の手紙だということを話してくれた。

そして、契約上 自由が無く、逃げ出す以外は国に帰ることが出来ないと言うことも…
「帰りたい。帰りたい。」と泣き叫ぶ彼女。それを聞いてもオイラはどうすることも出来ずに、ただ抱きしめるだけだった。

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それから何日かが過ぎたある朝、隣がやけに騒がしい。
荷物を運びだしている日本人に聞くと、急に引っ越すことになったという。女の子達も自分の荷物を運んでいる。その中にリゼルの姿はない。気になって何度も廊下の方を見るがやはりリゼルはいない…
女の子の一人がオイラを見つけると駆け寄ってきて耳打ちしてくれた。

リゼルは逃げたよ。アナタにありがとうだって。

少し時がたち、夏から秋の柔らかい日差しに変わった。
いつものようにエレベータから下りると左側の踊り場の方を見る。しばらくの間その癖は直らなかった。あの甘酸っぱい香りはもうしなかった。

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